奇跡の軽自動車-ホンダはなぜナンバーワンになれたのか「N BOX」ヒットの法則 著:片山 修

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「安っぽい、単なる移動手段」という軽自動車のイメージを一掃し、売れ行きが好調なホンダの「Nシリーズ」。その誕生をもたらした同社の意識改革、組織改革の全容に迫る。

”奇跡はこうしてつくられた”

「リーマンショックはホンダにとっては”助け舟”でした。大きな方向転換をする事ができたんです」

伊藤孝紳

リーマンショック後、北米市場の自動車需要が落ち込み、ホンダの経営はどん底状態に陥った。だが、開発から営業に至るまで、事業活動を全面的に見直す事で誕生した。軽自動車「N シリーズ」の大成功により再生を果たす。

●女性軸の発見

ホンダは1960年代~80年代にかけて軽自動車販売シェアのトップメーカーになるが、近年は業界4位まで業績は落ち込んでいた。 そんな業績回復の復活に白羽の矢が立ったのがエンジニアの”浅木泰昭”だった。その浅木が考えだしたキーワードが「女性軸」

浅木が消費者の声を徹底的に聞き出したポイントが

a,軽自動車の購入決定権は女性にある

b,女性の三大ニーズ”子供の安全、子供の喜び、使い勝手、手触り感覚”

そのニーズを満たすために「N BOX」では次のような工夫を施した。

・子供の自転車等が積めるように室内空間を広くした

・女性好みのファッション性にこだわり、車体に色を11色用意した。

・駐車や路肩よせが苦手な女性が多いので、ミラー類を充実させた。

また、車いす仕様の福祉車両への挑戦では多くのメーカーが赤字で生産をやむなくされているが、4輪駆動、車中泊やレジャーニーズを取り込み生産ラインに乗せる事で利益率の向上にも成功。

”「AKB」の挑戦”

ホンダといえば、本田宗一郎が開発した二輪から歴史が始まったのはご承知の通り。しかし、リーマンショックにより、その二輪事業にも大打撃を被る。そして、構造改革を行う。今まで機能別組織を開発から生産まで一貫して行い、同じ屋根の下で議論が行える二輪作りの仕組みに転換。

ここでいう「AKB」の略称とは”本田技術研究所二輪R&Dセンター熊本分室”という熊本の朝霧研究所に作られた施設。

こうして、開発と生産を一体化させて「現場」で「現物」をみて「現実」を知り、すぐに動ける。熱意が伝わる。スタッフのモチベーションも高まる。何より作業のスピードが上がる。こうしてチーム力と現場の向上に他ならないのである。

僕の勝手なイメージですが、大企業はやっぱりスピード感に欠ける。企画を通す為に何個もの上司の判がいる(多いので10個以上)ので、それだけでもせっかく高めたモチベーションに関わるような問題ですよね。それに比べて中小企業の強みと言えばスピーディーな組織の形態と風通しの良さだとも思うんですね。しかし、風通しが良い分一つのミスが取り戻せないぐらい致命傷にいたる早さも格段なので、取り組みには十分な注意を!っですね。

しかし、これで明日からは「N BOX」を街で見かける事が増えそうですね(笑)スコトーマが完全い解放されました。

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